~ T4ファージの微細構造と感染のメカニズム ~

有坂文雄
東京工業大学大学院生命理工学研究科生物プロセス専攻

この度、バクテリオファージの分子集合と感染の機構を原子レベルの構造から探りたいという、Michael G. Rossmann教授, Vadim V. Mesyanzhinov教授と私たちのグループのプロジェクトにHFSPからご援助をいただけることになった。 私たちはT4ファージを超分子複合体のモデル系として捉え、集合体形成と機能発現の機構を明らかにすることを目標として国際共同研究を開始している。ここでは最近の私たちの研究成果と、このプロジェクトでめざしている研究の方向について述べる。

[研究の背景]
ファージは球状のものや繊維状のものも存在するが、これらは全体から見ると少数派で、ほとんどのファージは尻尾を持ち、Caudoviralesと呼ばれている。CaudoviralesはMyoviridae (収縮性の長い尻尾を持つ:T4(図1)、Mu、P2など)、Siphoviridae(長い非収縮性の柔軟な尻尾を持つ:λ、T5など)、 Podoviridae(短い非収縮性の尻尾を持つ:T3、T7、φ29、P22など)の3つのファミリーに分けられ、それぞれCaudovirales の25%、62%、14%を占める。尻尾を持つウイルスは細菌ウイルス、すなわちバクテリオファージに限られる。尻尾は、外膜や細胞壁(ペプチドグリカン層)を持つバクテリアに効率よく感染するために進化の過程で獲得されたものであろう。 T4ファージは特に感染効率の高いことで知られる。
T4ファージは構造的にきわめて安定で、溶液中で何年も感染能を保持したまま保存できるが、一旦宿主大腸菌に吸着するとほとんど100 %に近い効率で一連の構造変化を含む過程を経て数分の内に感染が成立する。最近になってT4ファージ尾部のいくつかの構造タンパク質の立体構造が原子レベルで捉えられるようになり、さらに電子顕微鏡画像からの3次元再構成像と組み合わせることによって、精巧な分子機械としてのT4ファージの詳細な構造が次第に浮かび上がってきた。


図1
T4ファージの図

[T4ファージ尾部基盤]
T4ファージは頭部、尾部、尾繊維の3つの部分からなる(図1)。頭部は正20面体を5回対称軸に沿って少し引き伸ばした形をしており、内部には約172 kbの2本鎖線状DNAが格納されている。
T4ファージの尾部は高い感染効率を実現している精巧な分子機械で、細長い二重円筒構造の部分と複雑な構造を持つ基盤から成る。二重円筒部分の外筒は収縮性の尾鞘で、内筒は尾管と呼ばれる。最近、基盤の構造がクライオ電顕法と個々の構成成分の精密構造を元に明らかになってきた(図2)。X線結晶構造解析の完了した6種類の蛋白質の中で、特に際だった構造をもつのがテイルリゾチーム(gp5)である。


図2
基盤の構造(三次元像再構成と構成分子の精密立体構造)

[テイルリゾチーム]
テイルリゾチームは図3aに示すように全長190Åの「たいまつ」のような形をしていて、上部はgp27からなる外径80Å、内径30Åのカップである。その下に位置するgp5は大きく分けてN末端、リゾチーム、C末端の3つのドメインに分けられる。昨年、金丸らによって構造決定に成功した。これらのドメインは2つのリンカーペプチドで繋がっている。gp27と結合しているのがN末端ドメインで、 それに続く「たいまつ」の柄の部分に当たるのがC末端ドメインである。このC末端ドメインは三本鎖βへリックスというめずらしい構造をしている。そのβへリックス構造の中程を取り囲むようにリゾチームドメインが位置している。
gp5のリゾチームドメインは立体構造上、溶菌の際に働くT4リゾチーム(gp e)とほぼ同じ構造をしている。このリゾチームはT4リゾチームと同様にN-アセチルムラミダーゼでペプチドグリカンのN-アセチルムラミン酸の還元末端を切断する。3量体を形成している間は活性がなく、C末端ドメインが解離すると活性化され、細胞壁に穴を開ける。C末端ドメインは長さ110Å, 幅28Åの三本鎖βへリックスを形成している。このβへリックスは8残基の繰り返し配列が12回繰り返しており、断面は3角形で一辺が8残基に対応する。この部分が針の役割を果たし、リゾチームドメインとが協同して細胞に穴を開け、DNAを細胞内に注入する。
6角形の基盤の各頂点には"く"の字型の尾繊維が結合している。また、頭と尻尾の連結部、即ちネックからは6本の"ひげ"が伸びている。この"ひげ"はファージの分子集合の際に尾繊維が結合するのを助ける。「く」の字形をした6本の尾繊維は先端で宿主を認識するセンサーで、2つの部分(proximal halfとdistal half)に分けられ、それぞれ3本のポリペプチド鎖(gp34およびgp37)からなる。アミノ酸配列の比較から、構造は主としてアデノウイルスのスパイク蛋白質と同様のβスパイラルからなると考えられる。小尾繊維は基盤に格納されている。最近、N末端の一部を除いて結晶構造が明らかになった。3本鎖β スパイラル構造の他、短い6残基の繰り返しからなる短い3本鎖βへリックスも見られる(図3b)。


図3
テイルリゾチームと小尾繊維

[尾部の分子集合]
ファージ尾部の分子集合には22個の遺伝子が関与している。分子集合の順序は大変秩序だっていて、その順序は蛋白質間相互作用によって規定されている(図4)。


図4
基盤の集合過程

分子シャペロン
頭部の形成にはシャペロニンが必要なことが知られている。即ち、キャプシド蛋白質gp23の折りたたみにはシャペロニンが必要である。GroEL・ES両シャペロニン蛋白質を必要とするλファージと違ってT4ファージではGroELだけが必須である。それはT4ファージは自身でGroESの機能を代行できるgp31を持っているからである。尾部・尾繊維の形成にも分子シャペロン様蛋白質が関与している。ひとつはgp57Aで、尾繊維・小尾繊維の形成を促進する。また、gp51も基盤の中心部の形成に必須だが、最終構造体には取り込まれない。gp57Aやgp51がどのように基盤形成に関与しているのかはまだ分かっていない。
分子シャペロン
尻尾の長さは正確に一定になるが、この長さを決定するのが「ものさし蛋白質」である。はじめにλファージで示されたように、T4ファージでも長さを決定する蛋白質gp29が存在する。蛋白質工学によってものさしを長くしてやったり短くしてやったりすることにより尻尾の長さを変えてやることができる。

[感染過程]
大腸菌への結合

ファージの大腸菌への結合は2段階で行われる。第一段階では、尾繊維の先端が宿主大腸菌のレセプターリポ多糖の糖鎖を認識して結合する。次に、基盤が大腸菌表層と接触すると、基盤の構造変化が起こり、基盤は傘を広げるように構造を変化させて、中に格納されていた小尾繊維が下に向かって飛び出し、リポ多糖の外膜に近い位置にあるヘプトースに堅く結合する。最近Purdue大学の共同研究者であるPetr Leimanは収縮した後の基盤構造の3次元像再構成に成功し、現在精密化を進めている。収縮後の低分解能の構造に各サブユニットの精密構造をあてはめることができれば、基盤の構造変化の実態が原子レベルで明らかになることが期待される。
尾管の外膜への進入
基盤の"六角型"から"星型"への構造変化は尾鞘収縮の引き金を引き、尾鞘は100 nmから40 nmまで収縮する。これに伴って尾管は基盤の下から突き出してくる。尾管の先端には、細胞に穴を開ける針が付いている。これは後述のテイルリゾチーム (gp5)のC末端ドメイン(3本鎖βへリックス)で、針は外膜に穴を開けて進入し、さらに外膜の内側にある細胞壁(ペプチドグリカン層)を突き破る。このとき、針の付け根に付いているリゾチームドメインが細胞壁を溶かして小さな穴を開ける。最後に尾管の先端が内膜に到達すると、頭部に収納されていたDNAが尾管を通って大腸菌菌体内に注入される。DNAの注入には大腸菌外膜の電気化学ポテンシャルが必要であるという報告がある。即ち、DNAは大腸菌が生きていないと取り込まれない。T5ファージなど、他のファージの実験結果も併せて考えると、DNAはファージが注入するというよりも、大腸菌の側で引っ張り込んでいる、というのが実際の状況である。
進入したDNAは宿主の複製・転写・翻訳装置を借りて増殖し、頭部、尻尾、尾繊維が形成され、これらが合体して感染性のあるファージができあがる。1匹の大腸菌から約100個のファージが構築され、溶菌によって菌体外に放出される。

5.まとめと今後の展望
現在、基盤を構成する20種の蛋白質のうち6種の蛋白質の立体構造が明らかにされている。中には封入体を形成してしまったり、プロテアーゼで壊されやすいものもあり、精製法も工夫しながら結晶化を進めている。ここでは、尾部についてだけ述べたが、頭部の蛋白質もターゲットに入れており、全体の構造を準原子レベルで明らかにするとともに、尾部の構造変化前後の構造を明らかにすることによって構造変化の実態を解明したいと考えている。

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