巨大分子モーター"ダイニン"の構造と運動メカニズム

昆 隆英
( 東京大学大学院総合文化研究科 )

はじめに

代表的な生命現象はなにかと聞かれると、筆者の頭に真っ先に浮かぶのは"生きているものは自律的に動く"ということである。この現象は生命・生物の必要十分な定義ではない。しかし、細胞移動、細胞内物質輸送、細胞分裂に代表される自律的運動は、多くの場合、私たち生物にとって必須の機能であり、基本的な生命現象といえるだろう。実際、細胞が動いている様子、あるいは細胞内で物質が一方向に輸送される様子を観察すると、多くの人が生命の息吹を感じるのではないだろうか。
2008年度HFSPプログラムグラントに採択された本研究課題 "Structure and mechanism of cytoplasmic dynein" は、このような自律的細胞運動の分子基盤理解を目指している。具体的には、細胞運動の駆動力を生み出すエンジン(分子モーター)のひとつ、"ダイニン"の運動メカニズム解明を目標とするものである。本稿では、私たちチーム"ダイニン"の研究背景・方向性・計画を簡単に紹介する。

ダイニンの特徴と未解決問題

ダイニンは、ATP加水分解で得られたエネルギーを利用して微小管上を直進運動する分子モーターで、私たちの細胞内では、微小管ネットワークのマイナス端方向(一般的には細胞の中心方向)への輸送のほぼ全てを担っており、さまざまな小胞、細胞内小器官、RNAそしてタンパク質複合体の移動・配置に必須な役割を果たす。また、ダイニンの運動活性は、紡錘体形成や染色体分離など細胞分裂のキープロセスに必要である。さらに、ダイニンは精巧な運動性細胞内小器官である鞭毛・繊毛を駆動する唯一の分子モーターでもある。
このようなさまざまな細胞運動のエンジンとしてはたらくダイニンであるが、このエンジン自身がどのような分子メカニズムで動いているのかという根本的な問いについては、半世紀近い研究にもかかわらず、多くの未解決問題が残されているのが現状である。ここではダイニンの紹介もかねて、そのメカニズムについての代表的な特徴と未解決問題を二つ紹介する。第一の特徴はその巨大さである。細胞質ダイニン複合体は分子量~1,200 kDa、パートナーであるダイナクチン複合体を含めると~2,400 kDaとバクテリアのリボソームに匹敵する大きさを持つ。運動活性を担う重鎖単独でも500 kDa以上という巨大さである(図1)。このダイニン重鎖は、ヒトでは約2万種類のタンパク質のなかで上位50番目以内に入る大きさであり、出芽酵母では 2番目に大きなポリペプチドである(UniPortKB/Swiss-Protによる)。なぜこれほどの大きさを必要とするのだろうか?微小管上を一方向に運動するだけならば、もうひとつの微小管系分子モーター、キネシンのモータードメイン(~40 kDa)程度の大きさがあれば十分なはずである。ダイニンは特別な運動様式や制御機構を備えているのかもしれない。実際、ダイニンがその運動の方向を自律的に変更することや、微小管上で高速振動することが報告されている。しかし、その分子機構は全く不明である。
ダイニンの第二の特徴は、ATP加水分解エンジンとしての複雑さである。細胞骨格系分子モーターの3大ファミリーのうち、ミオシンとキネシンではモータードメインあたりのATP加水分解部位数は1個であり、この部位でのATP加水分解過程(と熱揺らぎ)がモーターアクションのすべてを駆動する。これに対して、ダイニンではモータードメインあたり、最大で4個のATP加水分解部位が存在する(図1)。しかも、どれか1ヶ所でもATP加水分解を停止させると、ダイニンは実質的に動かなくなってしまう。一見すると、ミオシンやキネシンは単気筒エンジンで、ダイニンは多気筒エンジンのように見える。それでは、これら複数のATP加水分解部位はそれぞれどのような役割を持つのだろうか?各々の部位でのATP加水分解過程はランダムに起こるのだろうか?それとも何らかの共同性や同期性があるのだろうか?あるとすれば、どのような順番で各々の部位は働くのだろうか?これらはすべて未解決問題である。

チームダイニン

私たちチームダイニンは、上述のような基本的な問題を解明しつつ、ダイニンがATP加水分解過程と熱揺らぎを、いかにして力学的運動へと変換していくのか、その分子メカニズムを明らかにすること最終的な目標としている。チームメンバーは各々が異なったアプローチによるダイニンのメカニズム研究を行っており、今回の共同研究体制による相乗効果が研究を加速するものと確信している。各メンバーのアプローチと研究目標を以下に概説する。
Stan Burgess博士 (イギリス)のグループは、電子顕微鏡観察を主体とした構造解析的アプローチを取る。彼らは2003年にネガティブ染色電顕-2D単粒子解析法により、ヌクレオチド依存的なダイニンの構造変化を検出することに初めて成功し、現在のダイニン運動モデルの基礎をつくった(ref. 1-2)。本研究課題では、より信頼性の高いクライオ電顕-3D解析法を採用し、微小管上を運動しているダイニンのスナップショットを高分解能で捉えることを目標とする。そのため、下記に述べる筆者らの組換えダイニンの利点を生かし、ダイニン内の各サブドメインの空間的マッピング、詳細な構造変化、微小管 -ダイニン複合体の相対位置変化を解析する予定である。
樋口秀男博士(日本)のグループは、1分子ナノ計測法により、微小管上を運動しているダイニンの運動解析を行う。彼らは分子モーターの1分子蛍光観察および力学測定において多大な成果を収めてきた。ダイニン分子はステップサイズ(重心移動)~8 nmで1ステップあたり~15 msで微小管上を運動すると見積もられている(ref. 3)。樋口博士らの測定系では、蛍光量子ドットでラベルされた分子モーターの3D運動を、高空間分解能(x, y, ~2 nm; z, ~5 nm)かつ高時間分解能 (2 ms)で追跡可能であり、下記の部位特異的ラベルを導入した組換えダイニンを測定対象とすることで、従来のステップ解析のみならず(図2)、運動に伴うモーター内の微小な構造変化や力学特性の変化を検出することができるだろう。
筆者らのグループは、遺伝子組換えダイニンを用いた分子解剖的アプローチを取る。タンパク質のメカニズム研究には組換え体を用いることが一般的に必須である。ダイニンではその巨大さゆえに、生物物理学・生化学的研究に利用可能な質・量の組換え体を得ることが従来困難であり、2004年の私たちの報告が実質的に最初の成功例となった(ref. 4)。以来、ダイニンでもようやく部位特異的な変異やタグを利用したメカニズム研究が可能となっている(e.g. ref. 5-8)。本研究課題では、構造解析および1分子計測チームと密に連携をとりつつ、ダイニンのさまざまな変異体を用いた構造と機能両面からの研究を行う予定である。
Andrej Vilfan博士 (スロベニア)のグループは、理論的な運動モデル構築を担当する。彼は、分子モーターのひとつ、ミオシンVの歩行モデル構築で既に成果を上げている新進気鋭の研究者である。本課題では、他の3チームから得られるダイニンの構造的、物理的、化学的パラメーターを基にメカノケミカルモデルを構築し、ダイニンの運動メカニズムを記述することを目標とする。

これまでのところ

本研究課題は2008年11月に正式に開始となり、4カ月が経過したところである。2008年のGordon Research Conference: Muscle and Motor Proteinsでは、メンバー全員が会議に参加しつつ、本共同研究の方向性や研究内容ついて詳細な討論をおこなってきた。また、本研究に参加するポスドクや大学院生を相互に派遣し、予備的検討実験を開始している。今後は、いよいよ本格的に共同研究を開始し、成果をあげる段階である。乞う、ご期待!

図1 細胞質ダイニン重鎖の一次配列(a)とドメイン構造の模式図(b)
細胞質ダイニンは2本の重鎖と複数の中鎖、中軽鎖、軽鎖の複合体であるが、ここでは重鎖1本を示している。重鎖は6個のATPaseユニットAAA1~6を内包するが、機能するのはAAA1~4の4個だと考えられている。
図2 組換えダイニンの1分子観察
(a)微小管上を運動する2量体ダイニンの模式図。このダイニンは、片方の重鎖内の特定の場所が部位特異的に蛍光ラベルされている。
(b)蛍光量子ドットラベルしたダイニンの1分子観察像。上下方向に微小管が固定されており、上方がマイナス端。
(c)ナノメートル精度の運動解析。ダイニンは微小管上でステップ状の運動を行い、主要なステップサイズは16 nmであることがわかる。
【参考文献】
1.Burgess SA, Walker ML, Sakakibara H, Knight PJ, Oiwa K. Dynein structure and power stroke. Nature 2003, 421: 715-718.
2.Roberts, A.J., Numata, N., Walker, M.L., Malkova, B., Kon, T., Ohkura, R., Arisaka, F., Knight, P.J., Sutoh, K., Burgess, S.A. AAA+ ring and linker swing mechanism in the dynein motor. Cell. 2009, 136: 485-495.
3.Toba S, Watanabe TM, Yamaguchi-Okimoto L, Toyoshima YY, Higuchi H. Overlapping hand-over-hand mechanism of single molecular motility of cytoplasmic dynein. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006, 103: 5741-5745.
4.Nishiura, M., Kon, T., Shiroguchi, K., Ohkura, R., Shima, T., Toyoshima, Y.Y., Sutoh, K. A single-headed recombinant fragment of Dictyostelium cytoplasmic dynein can drive the robust sliding of microtubules. J. Biol. Chem. 2004, 279:22799-22802.
5.Kon, T., Mogami, T., Ohkura, R., Nishiura, M., Sutoh, K. ATP hydrolysis cycle-dependent tail motions in cytoplasmic dynein. Nature Struct. Mol. Biol. 2005, 12: 513-519.
6.Shima, T., Kon, T., Imamula, K., Ohkura, R., Sutoh, K. Two modes of microtubule sliding driven by cytoplasmic dynein. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 2006, 103: 17736-17740.
7.Imamula, K., Kon, T., Ohkura, R., Sutoh, K. The coordination of cyclic microtubule association/dissociation and tail swing of cytoplasmic dynein. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 2007, 104: 16134-16139.
8.Kon, T., Imamula, K., Roberts, A.J., Ohkura, R., Knight, P.J., Gibbons, I.R., Burgess, S.A., Sutoh, K. Helix sliding in the stalk coiled coil of dynein couples ATPase and microtubule binding. Nature Struct. Mol. Biol. 2009, 16: 325-333.