核内低分子RNAの多彩な機能

廣瀬 哲郎

(Yale University School of Medicine)

 

 今年のアメリカ東海岸は例年にない冷夏だったらしい。新天地で生活を始めて最後に 巡って来た季節は、噂に聞いていた高温多湿の夏とは似ても似つかぬ物足りなさすら感じ させるものであった。私がコネチカット州ニューヘイブンにあるイェール大学医学部の JoanSteitz研究室に移ったのは、ちょうど1年前の初秋のことであった。右も左も分から ない駆け出し状態も1年もたつとすっかりこちらの生活に馴染んでしまった感がある。こ の1年間の研究生活を通して私が見て来たSteitz研究室を紹介したい。

1. スナープス:核内低分子RNA(snRNA)
 ニューヘイブンのような田舎町にも交通渋滞は存在する。朝は特に気が立っているハイ ウェイ上のアグレッシブドライバーをかき分けかき分け研究室に辿り着くと、他のポスド クや学生の姿がなくともボス部屋はあかあかと明かりがついていることが多い。そして運 が悪い日には輝くような笑顔で迎えられてしまうのだ。
 Joan Steitz教授は、80年代初頭ヒトの自己免疫疾患抗体(抗sm抗体)を用いて核内に 豊富に存在するRNA-蛋白質複合体(snRNPまたはスナープス)を初めて単離し、それらが pre-mRNAのスプライシングを行うことを明らかにした。現在でいうところのスプライセ オソームの発見である。それ以来20年以上にわたり一貫して哺乳類の低分子RNAの構 造、機能に関する先駆的な研究成果を発表し続けてきた。現在研究室では3つの主要なテ ーマ(1. RNAスプライシング、2. 核小体低分子RNA、3.RNA安定性)が進行中である。
 RNAスプライシング研究の最近のトピックスは、4年程前にSteitz研究室で見い出され た新たなスプライセオソームに関するものである。通常イントロンの両末端はGT-AG則 に従うが、例外としてAT-AC末端を持つ少数のイントロンが見つかっていた。驚くべきこ とに圧倒的少数派のAT-ACイントロンのスプライシングを行う新しいスプライセオソーム が存在することが明らかになった (Tarn & Steitz, 1996a,1996b)。この新しいスプライセオ ソームには、従来のスプライセオソームの構成snRNA(U1, U2, U4, U5,U6)に対応する U11, U12, U4atac, U5, U6atac snRNAが含まれる。in vitrosplicing系の開発により、AT-ACイントロンもラリアット構造として切り出されることが明らかにされ、スプライシングの基 本的な反応機構は通常のイントロンのものと同様であることが示された。一方でGT-AG イントロンのスプライシング初期段階ではU1, U2snRNPが独立して5'スプライス部位、 ブランチ部位に結合するのに対して、AT-ACイントロンの場合、U11,U12がヘテロダイマ ーを形成し協調的に5'スプライス部位、ブランチ部位に結合する点が特徴的である(図 1、Frilander & Steitz, 1998)。

図1.
2種類のイントロンのスプライシング反応の模式図。大多数のGT-AGイントロン はU1,U2,U4,U5そしてU6 snRNPにより、一方AT-ACイントロンはU11,U12,U4atac,U5そし てU6atac snRNPによりスプライシングされる。

 AT-ACイントロンは、脊椎動物だけでなく、無脊椎動物のショウジョウバエや遠くは植 物にも存在している。つまり2つのスプライセオソームは進化上かなり早い段階で存在し ており、現在までに平行して進化して来たわけである。一方で酵母などの菌類、線虫のよ うな下等動物ではこのタイプのイントロンは見い出されていないため、進化の過程でこの 機構が失われたものと考えられる。AT-ACイントロンはヒトのハンチントン病原因遺伝子 やショウジョウバエのプロスペロー遺伝子など疾患や神経発生などに関わる遺伝子にも見 い出されている。現在、AT-ACイントロンの存在意義、つまり何故高等動植物ではこのタ イプのイントロンが保たれて来たのか?という点に答えるため、発生段階でのAT-ACイン トロンのスプライシングによる遺伝子発現制御の可能性が追求されている。


2. スノープス:核小体低分子RNA(snoRNA)
 今に始まったことではないらしいが、Steitz研究室は国際色豊かな研究室である。学生 やテクニシャンまで含めると現在10カ国の国籍を持つ人間が同居している。変わり種三 傑は、アフリカ大陸のチュニジアからやって来たポスドク、旧ソ連のエストニア人夫婦、 スロバキア出の大学院生である。ポスドクは現在8人で、大抵3年程でターンオーバーし ているようでこの数は一定している。その中で15年近くもSteitz研に在籍し、現在はリ サーチサイエンティストとして活躍しているポーランド人は、長年の核内低分子RNA研 究の過程で新たな範疇に属するRNA群を見い出した。スナープスが核質に存在しRNAス プライシングに関与しているのに対し、これらは核小体に存在する。そのことから核小体 低分子RNA(snoRNA)と区別して呼ばれる。
 核内低分子RNAはその発見された順にU1, U2,U3・・と命名され、現在のデータベース にはU85が最も新しいものとして登録されている。このうちU3, U8そしてU13からU85ま でのすべてのRNAがsnoRNAの範疇に属する。snoRNAは酵母から動物、植物に至るすべ ての真核生物、そして最近では古細菌にも見い出されている。snoRNAは2つのグループ に類別され、特異的な蛋白質とsnoRNP(スノープス)を形成している。1つはboxC/D snoRNAと呼ばれるもので、70〜80ntのRNAの両末端にboxC及びDという共通配列を持っ ており、核小体蛋白質fibrillarinとの結合に重要である。もう1つのグループはboxH/ACA snoRNAで、やはり共通のbox配列をもっておりGar1という共通の蛋白質が結合する。双方 のグループに属するsnoRNAは共通してrRNAの配列と相補的な10ntほどの配列を含んでい る。最近boxC/D, H/ACAsnoRNAがrRNAの修飾(それぞれ2'-O-メチル化、シュードウリジ ン化)部位を決定するガイドRNAとして機能することが明らかになった(図2)。Steitz 研究室では現在boxC/D snoRNPの機能、構造の詳細を明らかにするためにXenopus oocyte の系を用いて部位特異的in vivoクロスリンク法、NAIM法により、どのような蛋白質が RNA骨格のどの部分を認識しsnoRNAの機能をになっているのかという問題についてアプ ローチすることを試みている。

図2.
Box C/D及びBox H/ACA snoRNAの構造と機能。保存された二次構造、Box配列そし てrRNAのメチル化及びシュードウリジン化部位を示す。それぞれのsnoRNAはrRNAと短 い塩基対を形成し、2'-O-メチル化またはシュードウリジン化のガイドRNAとして機能する。


3. スナープスとスノープス研究の交差点

 snoRNAに関するもう1つの興味深い点はその発現過程にある。後生動物ではこれらの RNAは通常なんらかの他の遺伝子(snoRNAホスト遺伝子)のイントロンの中にコードさ れている。snoRNAはまずホスト遺伝子pre-mRNAの一部として転写された後、スプライシ ングにより切り出されたイントロンから独自のプロセシング経路を経て成熟snoRNAにな る。たいていの場合ホスト遺伝子は、リボソーム蛋白質や翻訳因子などリボソームに関連 する蛋白質遺伝子であるため、こうした遺伝子構造はsnoRNAとそれを含むホスト遺伝子 の協調的発現という意味で納得できる。一方で4年程前にSteitz研究室において奇妙な snoRNAホスト遺伝子が見い出された。UHGと名付けられたこの遺伝子は11のエクソン からなり、10個のイントロンに9種類のsnoRNAが1つずつコードされている。一方エ クソンは蛋白質をコードしておらず、細胞質で速やかに分解されてしまう(図3、 Tycowski et al.,1996)。つまりUHG遺伝子は通常意味のないジャンクとされるイントロン に遺伝学的に意味があり、エクソンの方が意味のないジャンクである。その後、類似の構 造を持つ新たなホスト遺伝子gas5も見い出された (Smith& Steitz, 1998)。これらのnon- protein coding snoRNAホスト遺伝子は、面白いことにmRNAの5'末端に5'TOPと呼ばれるリ ボソーム関連因子mRNAの5'末端に共通して見られる配列が存在する。この配列は細胞増 殖に応じた翻訳活性化シグナルとして機能していることが分かっているが、なぜ蛋白質を コードしていないUHGやgas5mRNAにも存在するのであろうか? このことは5'TOP配列 の新たな機能(例えばsnoRNA発現に関する)を示唆している。

図3.
ヒトのUHG遺伝子の発現機構。UHG遺伝子はこれまでの常識に反して、イントロ ンから生物学的に意味のあるsnoRNA群が発現し、エクソンは速やかに分解される。

 snoRNAの発現過程には2つの核内の場が関わっている。つまり第一にホスト遺伝子の イントロンがスプライシングにより切り出されるステップは、核質においてスナープス (snRNP)により行われるが、第二ステップとして、切り出されたイントロンからプロセス された成熟snoRNAはfibrillarinなどの蛋白質因子と共にsnoRNPを形成し核小体に局在す る。こうした核質の現象(第一ステップ)の後、どのようにsnoRNPが核小体に移行する のか? またこの過程でスプライシング後にイントロンに結合したままのスナープスがい つ、どのようにしてsnoRNP蛋白質に置換され、snoRNAプロセシングのステップに移行す るのか?といった部分は全く明らかになっていない。この問題は、イントロンからのスナ ープスの解離というスプライシングの最終ステップとsnoRNPの会合というsnoRNP発現の 初期ステップの交差点であり、この問題を明らかにするには、スプライシングとsnoRNA プロセシングという2つの独立の現象を一続きの反応として解析できる有用な系の開発が 必要であり、現在in vivo、in vitro双方からアプローチする方法が試みられている。こうし た研究を通して、何故snoRNAがイントロンにコードされているのか?という問題が明ら かになるかもしれない。
 JoanSteitz研究室での1年間は飛ぶような時間の中過ぎて行った。気が付くと辺りは燃え るようなニューイングランドの紅葉の真直中である。そして1週間もすればすべて枯れ落 ちて厳しい冬の季節に突入していくのだ。現在、真核生物のRNAプロセシング研究の主 流は、個々の現象からそれぞれの現象間の相互作用や細胞生物学的なダイナミックな側面 の研究へと移行しつつある。当然既存の研究手法だけではなく、型にはまらない新たな実 験系を柔軟に考案していく必要があると思われる。今後の研究活動によって、真核生物の 遺伝子発現機構の新たな側面が明らかになることを期待しながら研究室に足を運ぶ毎日で ある。

(参考文献)
Frilander MJ & Steitz JA (1999) Genes & Dev. 13: 851-863.
Smith CM & Steitz JA (1998) MCB 18: 6897-6909.
Tarn WY & Steitz JA (1996) Cell 84: 801-811.
Tarn WY & Steitz JA (1996) Science 273: 1824-1832.
Tycowski KT, Shu MD & Steitz JA (1996) Nature 379: 464-466.